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男は、話し合いの機会を作ってくれと吉田にねじ込んだ。吉田は、後藤弓子に連絡を取る。弓子は、体の調子が悪いと断りつづけた。男が怖いと吉田に説明した。
弓子に変わって、介護サービス課の職員がシズエを説得した。
「利用客が、三百人もいる都市ケアサービスの何処が不満なんてすか。娘さんの意見も聞いてあげなくては」
「娘に面倒を見てもらうつもりはない。娘は私を憎んでいる。死んでくれとまで言っている。私はお兄ちゃんがいい」シズエは市役所で言い張った。
ヘルパーを追い返し、男だけの介護が続いた。山口シズエは幸福だった。何人もの客が、シズエの安否を気遣って山口家を訪れるようになった。旧知の友人からも何通か手紙も舞い込んだ。一時、山口家は華やいだ。
男は、自分の献身的な介護が、皆に伝わるよう努力した。しかし周囲は冷ややかだった。
男の目的はシズエの家屋敷だ。皆が暗黙で了解していた。
内部のトースフルを反映し、シズエの家は荒れ果てていった。皆が経緯を見守っていた。
ヘルパーも入らず、シズエは孤立し、ますます男との関わりを求めるようになって行った。
男は葉子との仲も悪くなり、介護に疲れ始めていた。葉子は「私の手を離れた」といって一般論を言うだけだった。さらに、シズエの男に対する好意が男をいらだたせていた。
どこに行くのか。どこにいるのか。いつ帰ってくるのか。男の携帯電話にシズエから電話がかかる。
男が疲れて自分の部屋にあるベッドで寝ていると、気持ちよさそうだと、シズエが男の横にころりと横になる。
男はびっくりして飛び上がった。
男が入浴していると、背中を流そうかとふらつく足取りでやってくる。
男が部屋にいると、ちょっとは話をしようと誘ってくる。今、忙しいからと断っても、話をしよう。家族なんだからと言ってくる。
朝食を食べさせ、昼食を用意して出かける。夕食までには戻ってくる。入浴の日は早めに帰る。夕食を食べ、夜中に果物やおやつを食べる。シズエの食欲は男を驚かせた。
気晴らしで外に出かける六時間から八時間以外、男は山口シズエと過ごしていた。それでも、シズエは不満を露わにした。
足がしびれる。腰が痛い。と男に甘える。
どうしていいか分からない男に、
「足をさすって」と頼む。
「座薬を入れて」とすがる。
ばあさんを殺すかもしれない。男はふっと、思った。
あと、一年生きられたらいいと思ってこの街に着た。後藤弓子と山ロシズエのおかげで、
T市に来た時と比べ、衣食にも困らない格段によい暮らしをしてきた。あの放浪の日々を繰り返すことは、もう、できない。
このまま、シズエの介護をしていってもいい。気楽に生きていける。しかし。心に決めていた一年はとっくに過ぎた。
むぎ介護サービスの時は楽しかった。まず、葉子がいた。変な女だった。
シズエのヘルパーいじめ。男の機嫌が悪いとき、それを察したシズエはヘルパーをいじめて憂さを晴らしているようにも見えた。
シズエが入浴介助の折に、ヘルパーに言う。
「これはお兄さんが持ってきた入浴剤だから入れてくれ。足の痛みに効く」
ヘルパーは指示に従う。しかし、それは入浴剤ではなく、浴槽が真っ黒になってしまった。浴槽を洗い直さなくてはならなくなり、ヘルパーが葉子に電話を入れる。葉子が、目をつり上げて飛んできた。
「弁償します」葉子は言った。
「いいよ。下田さんを叱らないで。ばあさんが悪いんだから」男はヘルパーが洗い落としきれなかった浴槽を葉子と一緒に洗った。
シズエがパンツが無くなったと、ヘルパーに疑いをかける。葉子はヘルパーと共にやってきて、むきになって、どのパンツだと言って探す。
「うちのヘルパーがそんなことするはずがない」葉子はシズエには強く出た。シズエもなぜだか葉子には従った。葉子本人にあたることはなかった。
男はシズエに、
「あれは汚いから捨てたよ。干すのもみっともないから」と言う。シズエは納得する。
そんな繰り返しだった。あとから思えば楽しかった。
「ようこ」男は独り言を言った。言ってしまってから、別に「ゆみこ」でも「あいこ」でも「まいこ」でもよかったと、気がついた。
市職員立ち会いのもとの話し合いの日程のめども付かなかった。弓子は体調が悪く、後藤安男は、当分、出張だという。
「キーパーソンとして、後藤弓子さんはふさわしくないかもしれませんね」介護サービス課の吉田は男に愛想をついた。
「山口さんは、今回の件で弱り切っている。僕は近所中から見張られている。僕が出かけるとすぐに、後藤さんや都市ケアサービスに連絡が行く。僕がいないときに、都市ケアサービスが来たり、後藤さんから電話が掛かってくる。山口さんは、後藤さんからの電話におびえて、泣き出していることもあるんだ。僕も二十四時間、山口さんに張り付いているわけにはいかない。入院するしかない」
男は吉田に言った。入院すれば、介護保険の都市ケアサービスも関係ないし、後藤弓子も入院中のシズエに電話をかけることもできないだろう。男は計算した。
後藤安男から、葉子に電話がかかる。
「あんた、何、裏でこそこそやっているんだ」
「私は何もしていません」葉子は訴えたが、電話は一方的に切られた。後藤安男は、妻から、どういう説明を受けているのだろう。葉子はぞっとした。
男と葉子の関係は、ますます険悪になっていた。
弓子に変わって、介護サービス課の職員がシズエを説得した。
「利用客が、三百人もいる都市ケアサービスの何処が不満なんてすか。娘さんの意見も聞いてあげなくては」
「娘に面倒を見てもらうつもりはない。娘は私を憎んでいる。死んでくれとまで言っている。私はお兄ちゃんがいい」シズエは市役所で言い張った。
ヘルパーを追い返し、男だけの介護が続いた。山口シズエは幸福だった。何人もの客が、シズエの安否を気遣って山口家を訪れるようになった。旧知の友人からも何通か手紙も舞い込んだ。一時、山口家は華やいだ。
男は、自分の献身的な介護が、皆に伝わるよう努力した。しかし周囲は冷ややかだった。
男の目的はシズエの家屋敷だ。皆が暗黙で了解していた。
内部のトースフルを反映し、シズエの家は荒れ果てていった。皆が経緯を見守っていた。
ヘルパーも入らず、シズエは孤立し、ますます男との関わりを求めるようになって行った。
男は葉子との仲も悪くなり、介護に疲れ始めていた。葉子は「私の手を離れた」といって一般論を言うだけだった。さらに、シズエの男に対する好意が男をいらだたせていた。
どこに行くのか。どこにいるのか。いつ帰ってくるのか。男の携帯電話にシズエから電話がかかる。
男が疲れて自分の部屋にあるベッドで寝ていると、気持ちよさそうだと、シズエが男の横にころりと横になる。
男はびっくりして飛び上がった。
男が入浴していると、背中を流そうかとふらつく足取りでやってくる。
男が部屋にいると、ちょっとは話をしようと誘ってくる。今、忙しいからと断っても、話をしよう。家族なんだからと言ってくる。
朝食を食べさせ、昼食を用意して出かける。夕食までには戻ってくる。入浴の日は早めに帰る。夕食を食べ、夜中に果物やおやつを食べる。シズエの食欲は男を驚かせた。
気晴らしで外に出かける六時間から八時間以外、男は山口シズエと過ごしていた。それでも、シズエは不満を露わにした。
足がしびれる。腰が痛い。と男に甘える。
どうしていいか分からない男に、
「足をさすって」と頼む。
「座薬を入れて」とすがる。
ばあさんを殺すかもしれない。男はふっと、思った。
あと、一年生きられたらいいと思ってこの街に着た。後藤弓子と山ロシズエのおかげで、
T市に来た時と比べ、衣食にも困らない格段によい暮らしをしてきた。あの放浪の日々を繰り返すことは、もう、できない。
このまま、シズエの介護をしていってもいい。気楽に生きていける。しかし。心に決めていた一年はとっくに過ぎた。
むぎ介護サービスの時は楽しかった。まず、葉子がいた。変な女だった。
シズエのヘルパーいじめ。男の機嫌が悪いとき、それを察したシズエはヘルパーをいじめて憂さを晴らしているようにも見えた。
シズエが入浴介助の折に、ヘルパーに言う。
「これはお兄さんが持ってきた入浴剤だから入れてくれ。足の痛みに効く」
ヘルパーは指示に従う。しかし、それは入浴剤ではなく、浴槽が真っ黒になってしまった。浴槽を洗い直さなくてはならなくなり、ヘルパーが葉子に電話を入れる。葉子が、目をつり上げて飛んできた。
「弁償します」葉子は言った。
「いいよ。下田さんを叱らないで。ばあさんが悪いんだから」男はヘルパーが洗い落としきれなかった浴槽を葉子と一緒に洗った。
シズエがパンツが無くなったと、ヘルパーに疑いをかける。葉子はヘルパーと共にやってきて、むきになって、どのパンツだと言って探す。
「うちのヘルパーがそんなことするはずがない」葉子はシズエには強く出た。シズエもなぜだか葉子には従った。葉子本人にあたることはなかった。
男はシズエに、
「あれは汚いから捨てたよ。干すのもみっともないから」と言う。シズエは納得する。
そんな繰り返しだった。あとから思えば楽しかった。
「ようこ」男は独り言を言った。言ってしまってから、別に「ゆみこ」でも「あいこ」でも「まいこ」でもよかったと、気がついた。
市職員立ち会いのもとの話し合いの日程のめども付かなかった。弓子は体調が悪く、後藤安男は、当分、出張だという。
「キーパーソンとして、後藤弓子さんはふさわしくないかもしれませんね」介護サービス課の吉田は男に愛想をついた。
「山口さんは、今回の件で弱り切っている。僕は近所中から見張られている。僕が出かけるとすぐに、後藤さんや都市ケアサービスに連絡が行く。僕がいないときに、都市ケアサービスが来たり、後藤さんから電話が掛かってくる。山口さんは、後藤さんからの電話におびえて、泣き出していることもあるんだ。僕も二十四時間、山口さんに張り付いているわけにはいかない。入院するしかない」
男は吉田に言った。入院すれば、介護保険の都市ケアサービスも関係ないし、後藤弓子も入院中のシズエに電話をかけることもできないだろう。男は計算した。
後藤安男から、葉子に電話がかかる。
「あんた、何、裏でこそこそやっているんだ」
「私は何もしていません」葉子は訴えたが、電話は一方的に切られた。後藤安男は、妻から、どういう説明を受けているのだろう。葉子はぞっとした。
男と葉子の関係は、ますます険悪になっていた。
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